5月 18, 2013
生の始まりは化学反応にすぎず
魂は存在せず
精神は神経細胞の火花にすぎず
人間の存在はただの記憶情報の影にすぎず
神のいない無慈悲な世界でたった一人生きねばならぬとしても…なお…なお我は意志の名の元に命ずる
「生きよ」と!!
—初めて読んだときは震えた。
(via tobsoya4, orehmi) (via quote-over100notes-jp) (via hektor3a) (via zaiga) (via gearmann)
(via marukido) (via shinoddddd) (via chelseamix)
(via chewbaccari) (via maso-tumb)
5月 18, 2013
(出典: erotiqueeee)
5月 18, 2013
(pema001から)
5月 18, 2013
「世のため人のため」の仕事観は、外国人には驚き。 「日本の当たり前」を知識経営の視点から捉え直す。 ――対談:野中郁次郎×紺野登(前編)|利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか――目的工学[入門編]|ダイヤモンド・オンライン (via otsune)中国、韓国、日本の企業に関する比較研究を始めているのですが、その中で国営企業も含めた中国企業の幹部を日本に呼んで、日本企業のトップと話をしてもらう機会がありました。
そうすると、彼らは一様に驚く。日本のトップはみな「共通善、コモングッド」――要するに「世のため人のために事業している」――というような話をするが、あれはいったい何なんだ、と。
これは我々日本人からすると当たり前過ぎて気づかないようなことなのだけれども、外国人にしてみたら、不思議でしょうがない。中国経済の原動力は華僑に象徴されるような、ネットワーク・キャピタリズムです。それによって急速に経済発展する一方、国営企業と民営企業の間に歴然とした差があったり、国民の所得格差も社会問題になっていたりします。
韓国にしてもそう。あれは言うなれば「財閥キャピタリズム」でしょう。国内からも、財閥は栄えても国民は、という批判もあるようですから。
(otsuneから)
ナビゲーション
« 過去へ
ページ 1 / 2035
Tumblrについて